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2007年05月31日

070531.jpgここ数ヶ月、少々体重を落とそうとしていたのだが、ちょっと落ちすぎて(8キロ減!)、体力的な低下が感じられたことから、少し体重を戻すことにした。ということで、控えていた「夜アイス」も再開することに。早速、大好きなハーゲンダッツを!と、会社帰りにコンビニに寄ると、「アズキミルク」という新作が出ているのを発見した。

甘党であっても、餡や小豆は好みではないもので、最初は別のものにしようと思ったのだが、新しいものは一通り試してみたくなるのが性分。新作にチャレンジしてみることにした。…と、これは絶品!甘さと味のバランスが絶妙で、後味も良い。ひょっとしたら「ラムレーズン」を超える最高傑作ではないかと、一人で盛り上がってしまった。

それにしても、新作を次々とリリースするハーゲンダッツの戦略は上手い。その手法は、マクドナルドやディズニーランドにも相通ずるものがあるが、適度なタイミングで新商品やサービスをリリースし、しっかりとリピーターを引き留めている。うちの会社も、そうありたいものである。

2007年05月30日

070530.jpgJALの機内清掃を請け負う会社の社員が、清掃時にあった客の忘れ物を着服していたとの話が、ヤフーニュースに出ていた。なるほど、清掃していた時に、高級時計やアクセサリーなんかがおいてあれば、ついぞ手を伸ばしたくなるのが人間の心情というものだろう。あまりに単純かつ安易な悪行ゆえ、少々苦笑いしてしまった。

こうした不祥事が起きるから「コンプライアンス」がもてはやされる。おそらく、背景には個々人の道徳観の喪失があるのであろう。モラルの欠如が「バレなければ」との下心が顔を覗かせ、我慢をすることもできない。そんな動機から生まれる犯罪が増えているように思う。

梅原猛氏は、著書『神殺しの日本』の中で、そうした道徳心の崩壊が、2度に渡る「神殺し」の上に生まれた必然であったと述べている。明治維新時の廃仏毀釈と終戦後の神道・教育勅語の否定。自らが歴史と共に築き上げてきた神を否定し、その「殺害」が人々から宗教心と道徳観を奪ったとのことである。

私はあまり「道徳」という言葉が好きではないし、特定の宗教に帰属しているわけでもない。ただ、「自由」が無責任や怠惰、モラルの欠如を生む構造は分かるだけに、梅原氏の指摘は納得できる。

2007年05月29日

070529.jpg今日、松岡農水大臣の自殺について、朝日新聞の社説に次のような文章が掲載されていた。

「政治とカネの問題で、国民の不信は高まっている。それに正面から応えるのが政治家としての、そして首相としての王道である」

別に、社説の論調をどうこう言うつもりはない。気になったのは、実に細かいこと。この文脈での「王道」の使い方である。

私の知る限り「王道」は、「王様でも歩ける楽な道」という意味で使われる単語だったと記憶している。例を挙げれば「達人の道に王道なし」といった感じである。それが最近では「正々堂々とした道」あるいは「正規のルート」といった意味合いで、多くの人が使うようになった。だが、新聞はかなり正確な日本語を使っているので、この社説には少々驚かされてしまった。

確かに、誤用が一般化した例は珍しくはない。例えば、「的を得た」という言葉は、本来「的を射た」が正しいが、少なくとも話し言葉では前者を使っている人の方が圧倒的であろう。いずれ「愛想を振りまく」とか「二の舞を踏む」とかいった言葉も、普通に使われるようになるんだろうか…。

※追記 この記事には一部、私の勘違いがありました。詳しくは、下記「信長の野望さん」と私のコメントをお読みください。お詫びして訂正申し上げます。
(あえて消さずに恥をさらすか…笑)

2007年05月28日

070528.jpg今日、日本漢字能力検定さんのお仕事で、とある企業の会長さんのインタビューに同席させていただいた。「ある企業」とは、日本が世界に誇る「超」がつくほどの大企業である。インタビューは40分ほどだったが、短い時間の中で、印象に残る言葉がいくつもあった。中でも一番印象的だったのは、「企業の社会貢献」について語った、次のようなフレーズであった。

「企業にとっての最大の社会貢献は、本業できちんと利益をあげて、税金を納めることだと思います」

昨今、CSRという言葉が世に普及し、多くの企業が環境保護活動や地域貢献活動などに取り組んでいる。だが、利潤追求団体である企業が、ブランド価値の向上のためだけにそれだけの自己犠牲を払うものか、「社会貢献」を隠れ蓑にした節税だったりしないのか、と眉唾に見える部分も少なくない。(うがった見方かもしれないが…)

そんな中、小細工無しに真正面から営利活動に尽力し、儲かった分はきちんと申告して、税金として国全体に還元しようという姿勢には、ある意味で潔い。その企業が毎年確実に黒字を計上し、膨大な税金を納めているからこそ、そうした言葉も説得力がある。

企業は「利益」で、政治家は「政策」で、歌手は「歌唱力」で、その価値が計られるのが本来あるべき姿。小手先の演出で誤魔化そうとするのは、「実力」が不足している証拠なのではないか。ふと、そんなことを思ってしまった。

2007年05月25日

070527.jpg5月23日に「事務所開設祝い」と称した飲み会を事務所で開催した。参加メンバーは事務所にいるメンバーほか計15人。これだけの人数が一度に介すことができるのも、新しい事務所の広さの賜物だろう。今回は映像制作関係者が中心で、ライターさんやデザイナーさんには声をおかけしなかったが、ぜひ今度、そうした方々とも飲み会をしたいものだと思う。

会は午後7時くらいに始まり、ビールを飲んだり、つまみを食べたり、会話で盛り上がったり、新たに導入したWii大会で盛り上がったりと、とにかく楽しい時間だった。途中、数人の方は翌日の仕事の関係で帰宅したが、10人以上もの人が始発まで飲み通すという、何とも恐ろしい光景。水曜日だというのに…。皆、このタフネスぶりは一体どこから来るんだろうか。

当の私はと言えば、会の途中でガソリンが切れて、ソファで寝入ってしまった。朝9時すぎから八王子で炎天下の取材をしていたのだからやむを得まい、と自らに言い訳をしてみるも、一緒に同行した澤田は朝まで元気一杯に飲んでいた。要は年齢的な問題か。

(写真は「Wiiスポーツ」に夢中になる若人たち)

2007年05月24日

070524.jpg私が自宅に帰る時間はいつも決まっていて、夜中の12時50分ごろ。その後、服を着替えて、いつでも寝床に入れるように準備をしてから、焼酎を片手に一杯をやる。それが日課になっている。

飲む焼酎も、いつも決まっていて「黒霧島」か「いいちこ」。焼酎好きならご存知と思うが、超がつくほど大衆的な、ありふれた焼酎である。この辺にも、自分のこだわりの無さが、よく表われているなと思う。

そんな私だが、焼酎に関しては、一つだけ下らないこだわりがある。それは「梅干は絶対に入れない」ということ。これだけは一度たりともやったことが無い。

何故かと聞かれれば、答えは明快。「焼酎の味がしなくなるから」である。焼酎には、米焼酎もあれば、麦焼酎もあれば、芋焼酎もある。さらには紫蘇焼酎なんていうのもある。各々は匂いも味わいも異なり、同じ芋焼酎でも微妙な風味の差異がある。だが、こうした絶妙の風味も、梅を入れれば途端に消えてしまう。すべてが「梅焼酎」になってしまうのだ。

ということで、「焼酎に梅」は、私にとってプリンに醤油をかけるくらいにあり得ない話である。だが、世間的には、ごくごくスタンダードらしい。「梅なんか入れたら、焼酎がかわいそうじゃないか!」と思うのは、私くらいなんだろうか…。