転機

051215.jpg先週の金曜日、約2年ぶりに小幡氏の自宅へ伺った。小幡氏は、私の取引先の部長だったが、先々月の末に退職。今は新たな道を歩み始めている。30代後半にして大手出版社の部長になられ、取締役や部下の信頼も厚く、その退職を惜しむ声は各方面から聞こえてくる。私も、小幡氏とコンビでCD-ROMやWeb、DVDなど新商品を生み出してきただけに、大きな後ろ盾を失った感は強い。とは言え、小幡氏とは今後も別の形で仕事に関われると確信しているし、長い目で考えれば“こちら側”に来られたことを喜ぶべきなのかもしれないと考えている。

小幡氏とは明け方近くまで酒を飲み、いろんな話で盛り上がったが、私自身から「なぜ会社を辞めたのか」という質問を、単刀直入に出すことはできなかった。「退職」という大きな決断に対し、人はその「理由」を求めたがる。だが、理由は決して、一つに限定できるものではない。あらゆる理由の「足し算」が、ある一定の線を超えたときに「決断」が待っているのだと思う。

ただ私たちは、彼の退職について「足し算」の中身を考えてみる必要がある。多くの人は、小幡氏の退職の理由と自分は無関係と考えているに違いない。でも、果たしてそうなのだろうか。自分自身の不甲斐なさや怠惰、裏切りが、彼にその決断をさせてしまったのではないか。そう考えてみる必要がある。
もちろん、私自身もである。

comments

小幡さんの件、別方面から聞いていました。
驚き!

でも、自分で選んだ道。きっといろいろな思いから選んだことでしょうね。
このような「転機」を自分の人生にどのように生かすかがこれからの人生に大きく影響してくると信じています。

「足し算」か…
組織の上に立つ者、その組織にいるものがどのような「足し算」をしているのか、全てを理解するのは無理かもしれないが、如何に「引き算」もしくは「割り算」をその計算式に入れ込んでいくのかは、その上に立つ者の使命ではないだろうか。
自分にもその「足し算転機」が間近に迫っているかも…。