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採用面接をしていると、たまに面接時間に現れない人がいる。いわゆる「ドタキャン」であり「ブッチ」である。最初はあまりに腹が立ってあたり散らしていたのだが、世間的には何ら珍しいことではないらしく、量販店のバイトなんかは「半分以上がアポをすっぽかす」とのこと。私も最近は慣れっこになってきて、「またか」と思うだけになってしまった。
沢木耕太郎の『深夜特急』の中に、確かこんな記述があった。自分が就職を蹴ったのは「決定をしたくなかったから」だと。「決定」とは自らの人生のことである。一度会社に勤めたら、ズルズルと自らの運命が社会の歯車の一つに引き込まれてしまうかもしれない。そんな恐怖感を抱く人は少なくないだろうし、私自身も共感するところはある。
うちの面接をすっぽかす人の中にも、同じような恐怖感を持つ人がいるのだろうか。確かに勤め人とは一つの歯車になることであり、様々な社会的制約が自らの生活を締め付けることでもある。でも、断るのは面接してみた後でも良いではないか。ひょっとしたら、自らの個性を潰すことなく、新たな道が開けることだってあるかもしれない。
面接をドタキャンする人は、内定を断る勇気すら持てないか、はたまた単にだらしないだけなのか。少なくとも、「面接辞退」の連絡ぐらいくれてもよいのに。今日もまた一人、面接を「ブッチ」され、そんな事を思った。