2008年05月12日

080512.jpg将棋の名人戦第三局で、挑戦者の羽生善治棋2冠が奇跡の大逆転劇を演じてみせたという。解説者曰く「50年に一度」の奇跡的逆転だったらしく、驚異の粘り腰が終始優勢だった名人の致命的ミスを呼び込んだとか。詳しいことはよほどの将棋通でないと分からないだろうが、こうした“奇跡”があるからこそ、勝負事は面白い。

スポーツにおいては、度々“奇跡”が観る者を熱狂させてきた。サッカーなら、マンチェスターユナイテッドが0-1からロスタイムで2点を入れて大逆転した99年の欧州チャンピオンズリーグ決勝、野球なら近鉄がダブルヘッダーで西武を立て続けに破り逆転優勝を果たした89年シーズン、競馬ならトウカイテイオーが1年ぶりのレースでビワハヤヒデを下した92年の有馬記念、ボクシングなら辰吉丈一郎が当時無敵を誇っていたシリモンコン・シンワンチャーを破った97年のWBC世界バンタム級タイトルマッチなどが思い出される。

人類の歴史上最も古い“奇跡”は、脱エジプトのモーセによってもたらされたと言われるが、こうした“奇跡”の数々は、そこに至るまでの流れを注意深く読み解いていくと、どこかに何かしらの“必然”があるからこそ“奇跡”なのだと私は思う。そこに何の文脈もなければ、それは単なる“偶然”や“まぐれ”に過ぎない。