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高校日本史の教科書で、沖縄戦の集団自決をめぐる記述に文部科学省が検定意見をつけたことに対し、沖縄をはじめとする各地で抗議デモが繰り返されたのは記憶に新しい。現在、2社が訂正申請を出すなど動きが見られるが、混乱の出口はまだ見えているとは言い難い。
教科書検定制度は、今から17年前の平成元年に大幅な改正が行われている。改正以前、検定は「改善意見」と「修正意見」の二段構えになっており、より細かなやり取りが文部科学省の教科調査官と教科書会社の間で行われていた。それが大幅改正を受けて簡素化・重点化されたのだが、当時、一部マスコミには「一発検定」と叩かれたものだった。思い返せば、今回の抗議騒動も17年前の制度改正が布石となっているように思う。
そもそも教科用図書の検定というもの自体、学校教育が多様化路線を歩む中、制度疲労を起こしているのかもしれない。例えばの話だが、完全なる事実の誤りだけを国がチェックし、多様な教科書が世に出回る中で、学校や教師が自らの判断と責任でもって教科書を選ぶような仕組みにしてみてはどうか。小中学校の教科書はまだしも、高等学校の教科書に国の「検定」必要なんだろうかと、改めて考え込んでしまった。