憲法記念日

久々に綴るコラムが時事ネタ、しかも国際平和をテーマにしたものだなんて、ちょっと気が引けてしまうが、色々と思うところがあったので綴ってみることにする。


60年前のこの日、平和憲法が制定され、日本は戦争の永久放棄と戦力の不保持という実に大胆な国家方針を打ち立てた。いや、正確に言えば「打ち立てた」のではなく、当時の米国に「強要さられた」と言う方が正しいのかもしれない。私たちの日常生活において、「押し付けられた物」は、有難くないものがほとんどなのだが、皮肉にもその平和憲法は、日本の平和を絶妙のバランスで保つ緩衝材となり、私たち国民にとって世界遺産に匹敵するほど、有難いものとなった。


「皮肉にも」と書いたにはワケがある。戦後、日本は米国とつかず離れずの関係に位置し、日本が米軍基地を提供する代わりに、他国の脅威から戦力で守ってもらう。そんな関係性にあった。「守ってもらっていた」とは、日常生活を通じて感じることは決してできないが、それは我々が少々平和ボケしているからなんだろう。要はギブアンドテイクの関係にあったのだが、そのバランスは絶妙であった。米国と密接になりすぎれば必然的に「対テロ」を銘打った戦争に巻き込まれ、離れ過ぎれば北朝鮮等の標的となるリスクが高まり、経済的な側面からもアドバンテージを失う。日本は戦後約60年に渡り、多少のブレはあったものの、そのほぼ中間点を行きつ戻りつしていたのである。


もし、平和憲法が改正され、9条にメスが入れられるようなことがあれば、きっと米国は日本に「対テロ」と銘打った、さらなる協力を求めてくるに違いない。その協力要請が経済領域にとどまり、軍事と無縁のものでいられる筈はない。もし9条が早くに改正されていれば、イラクへの自衛隊派遣(そうなると、もはや「自衛隊」という呼び名ではなくなるが)も、もっと露骨な形で行われていたに違いない。


だが、その「盾」となってきたのが「平和憲法」であり、戦争の放棄を謳った「第9条」なのである。もし、この条文がなければ、日本は早々に米国の圧力に屈し、集団的自衛権の行使に踏み切っていたであろう。その「盾」となり続けてきた平和憲法。それが、戦後すぐに米国によって半ば「押し付けられたもの」であったという事実こそ、「皮肉」以外の何者でもない。


譬えていうなら、こんな話だろうか。ある子どもが実に愛らしい犬を拾ってきた。でも、自分の家では飼うことができない。そこで、仲のよい友達にあげることにした。これで彼には、自分に対する恩義ができた。気軽に遊びに行っては、いろいろともてなしてもらおう。そう考えていた。ところが、プレゼントした犬が予想外に自分に吠えてくる。これでは彼の家に行くこともできない。困った。しかも、その犬は自分がプレゼントした犬だから、「捨てろ」とは言えない…。


憲法9条は、外圧から日本を守る番犬の役割を果たしてきた。そんな名犬を自ら捨てようとする馬鹿な飼い主が、どこにいるんだろうか。冷静になって今一度考えてみたい。憲法9条を変える必要性なんて、今もってまったく存在しないと私は思う。
〔2007.5.03 弊社代表・佐藤明彦〕