本気で「総合」を無くすのか

 先日、本屋をぶらぶらしていた時、一冊の本に目が止まりました。タイトルは『仕事のできる人・できない人』。副題には「~『いい人』は無能の代名詞である~」と、ちょっと刺激的なフレーズが謳われています。この本の置かれている書棚の近辺には、『仕事のできる人のノート術』『図で考える人は仕事ができる』などの類書も見られ、その幾つかはいわゆる「平積み」になっています。なるほど、「仕事ができる」は現代人にとって、最大関心事の一つなのだなと思いました。
 でも、「仕事ができる人」って、一体どんな人を指すのでしょうか。その定義は、人それぞれ「似通っていて微妙に異なる」気がします。ある上司には高く評価されている人が、他の上司からは低く評価される、なんてケースは珍しくないでしょうし、仕事のできる人を「人間的に信頼できる人」と定義する人もあれば、「数字的に結果を残す人」と言う人もいるでしょう。業界によっては、その捉え方が大きく異なってくるかも知れません。「業績」は、仕事の能力を計る分かりやすい指標の一つでしょうが、公務員や教師、マスコミ関係者など、サービス産業の中には、その数値化、評価が難しい職種もあることでしょう。
 すなわち、「仕事ができる」の定義は、業界、職種、さらには個人によって様々な定義があります。とは言え、どんな業界・職種にも共通する「長けた能力」というものが存在するのも確かでしょう。例として挙げれば、実行力や決断力、計画性、協調性、洞察力、コミュニケーション力、プレゼン能力、物事に対する知的探究心、等といったところではないでしょうか。
 ところで、「仕事ができる人」は、上記のような能力をどこでどうやって身につけるのでしょうか。多くの人は、社会人となって初めて、その能力を身につけ、高めていくような気がします。学校教育ではどうでしょう。学校行事や児童・生徒会活動など、ごく限られた場面しか、そうした能力を磨く場は無かったような気がします。
 「無かった」と記述したのは、現在は少々事情が異なるからです。上記に並べたような能力を磨くことを目的とした「総合的な学習の時間」が、平成14年度から新たに設けられたのです。小学校は、3~6年生で毎週3コマ(45分授業)、中学校は全学年同じく毎週3コマ(50分)、この活動が設けられており、教科書は無く、内容・進め方は基本的に学校・教師に委ねられています。内容は多種多様ですが、例えば、子どもたちが地域の歴史や文化を調べ、まとめて発表するといった具合に、全員が机に座って受ける一斉形式の授業とは違い、子どもたちが主体的に計画・実行しながら学ぶことをベースとした活動が展開されています。グループで協力しながら、一定のテーマについて計画を立て、役割を分担し、リサーチする。そして、互いが調べた事柄を持ち寄り、その内容をディベートで揉んでまとめ、皆の前で発表をする。まるで一般的なビジネスマンが日常的に実践しているサイクルを、今の小中学生は学校教育の中でチャレンジしているのです。教師が適切な「仕掛け」さえ作ってやれば、子どもたちは協調性や実行力、コミュニケーション力などを身につけていくことでしょう。
 そんな「総合」が今、窮地に立たされています。次期学習指導要領の改訂時には、廃止されるのではないかと言われているのです。
 第一の理由は、昨今吹き荒れている学力低下論です。学力テストの点数が低下する中、「総合」を無くし、国語や算数、理科など時間を増やした方がベターとする論調が、強まっているのです。先日は、文部科学大臣が「総合」の見直しを含んだ発言をし、それが「総合学習、削減の意向」としてとある新聞の1面トップを飾りました。前にもコラムで書きましたが、この手の記事は、マスコミの「売れ筋商品」でもあるのでしょう。
 子どもの学力が低下していることは私も認めます。でも、多少の低下を覚悟の上で、知識詰め込み型教育の弊害を反省し、生活していく上で必要な様々な力(文部科学省は、これを「生きる力」と呼んでいる)を向上させることが、先の教育改革のねらいだったはずです。「朝令暮改」とまでは言いませんが、世論によって国の方針が右往左往するのでは、当事者である学校現場もたまったもんじゃないでしょう。
 「総合」は導入されてまだ3年目です。教師の能力次第で活動の充実度に差が出る点、教科書がないために教師の負担が大きい点など、課題が多いのも確かです。でも、導入したばかりでその成果も十分に検証されていない状況で、「廃止」を安易に持ち出すのは、果たして建設的な議論なのでしょうか。
 数年後に、もし「総合」が廃止され、子どもの学力が向上したら……。今度は「子どもの"生きる力"が低下!」なんて言葉がマスコミの新たな売れ筋商品になり、「総合復活」なんてことが叫ばれるのかも知れません。『仕事ができる』の関連本が、書店の売れ筋を占める世の中なのですから……。

〔2005.2.1 弊社代表・佐藤明彦〕