「お金の話」は大切だ!

 出版社や編集プロダクションに勤めた経験のある人、あるいは出版業界と仕事をした経験がある人ならよく分かる話だと思いますが、この業界は金銭面にルーズな一面があります。例えば稿料の支払がそうです。執筆を依頼する時に、「○○字=○○円」あるいは「○ページ=○○円」といった形で金額を提示するのは、いわばビジネスにおける「当たり前のルール」ですが、これを守れていない会社が出版業界には珍しくありません。「金額提示が無いまま仕事をしてみたら、稿料はスズメの涙ほどだった…」なんて話は日常茶飯事で、中には支払自体を忘れられてしまうケースさえあります。
 一般的な民間企業では到底あり得ないこうした話が、出版業界に多いのは一体何故でしょうか。それは「出版は文化的な事業である」という業界特有の意識が、いつしか金銭面の話を前面に押し出すことに対する「遠慮」や「羞恥」の心を生んでしまったからではないかと私は分析します。(単に「数字に強く几帳面な理系肌の人が少ないだけ」との話もありますが……)確かに、仕事の目的がお金だけでない点は認めます。でも、そうしたルーズな慣習が、健全な市場の形成を妨げる要因となっている点を見逃してはいけません。
 最近、こんな話がありました。私と一緒に仕事をしているフリーランス・ライターの方が、とある出版社の編集者と「○○小学校の取組を本にまとめよう」との話になり、約1年間に渡ってその学校へ通い続けました。授業見学、先生や保護者たちへのインタビュー、写真撮影、そして原稿の執筆……。約一年後、その方は取材活動の成果を、本にして約200ページ分の内容にまとめました。その苦労が並大抵のもので無かったことは、想像に難くありません。
 ところがです。完成間近になって稿料のことを聞くと、源泉税を差し引いて20万円ほどにしかならないというのです。ライターの方が学校に通った回数は、恐らく50回以上。交通費だけでもざっと7万円ほどを費やした計算になります。写真代や通信費などに掛かった経費もバカになりません。こうした取材経費が一円も支給されていない上に、稿料がたったの20万円弱だと言うのです。
 結局、何度か交渉を重ねたものの、稿料を上げてもらうことは叶いませんでした。そして、受け取った金額は、取材経費を差し引くと、半月分の生活費ほどにしかなりませんでした。時給に直せば、労働基準法の最低賃金を下回っていることでしょう。
 もちろん、事前に稿料を確認しなかった点は、執筆者サイドにも非があります。でも、フリーランスの人は立場上、お金の話を切り出しにくいものです。
 当たり前ですが、フリーのライターやエディター、Webデザイナーの方々は、原稿料や編集料、作成料で自らの生計を立てているわけで、不当に安い金額で仕事を続ければ、生活が成り立たなくなります。その一方で、出版業界はフリーランスによって支えられている」と言っても過言でないほど、今日、その存在は欠かせないものとなっています。つまり、金銭契約を疎かにすることは、市場の健全な育成を妨げ、自分たち自身の首を絞めることに繋がっていくのです。私たちプロダクションや出版社の人間は、こうした事実をもっと強く認識する必要があるでしょう。
 私は出版社の方と話をする時に、臆することなく契約について条件提示を求めます。逆に、フリーの方に仕事を依頼する時には、必ず冒頭で条件を提示します。中には「卑しいヤツだ」と思われる方もいることでしょう。でも、私がそんな仕事のやり方に拘る背景には、上記のような考えがあるのです。その点、何とぞご理解をいただければ幸いです。

〔2003.7.1 弊社代表・佐藤明彦〕