佐藤です。先日、ある雑誌に、こんな文章が載っていました。
「優勝祝賀会は、○○監督の威勢のよい鏡開きで幕が開き・・・」
この文章を読んで「えっ?」と思いました。
鏡開き?
って、鏡餅を砕いて雑煮や汁粉に入れて食べることじゃないの?
・・・ということで、早速調べてみました。
【鏡開き】年中行事。1月11日。この日に鏡餅を割って食べる。
ということで、やはり私の認識に間違いはありませんでした。
・・・が、さらに調べてみてビックリ。祝賀会などで、割け樽の上蓋を木槌などで割る行事も、最近では「鏡開き」と言うそうです。
そりゃ「鏡割り」だろう!
・・・と突っ込みたくなるのですが、やっぱり最近は、「鏡開き」と言うケースの方が多いそうです。
理由は「割る」という言葉が、結婚式などでは縁起が悪いからとのこと。
なるほど・・・と思いつつ、縁起が悪いからといって、異なる意味の言葉を平気で使ってしまうなんて、少々乱暴な気がするのは私だけでしょうか。
ちなみに、放送局がこうした使い方をすると、さすがに「本来の意味とは違う」とのクレームが来るようで、NHKでは「四斗だるを開ける」と表現するようです。
日本語は難しいですね・・・。
先日、あるクライアントさんと「展示会のパネル制作」について打合せをしたときの話です。
そのパネルは、小学生から大人まで幅広い人が見るモノなのですが、難しい漢字にルビ(ふりがな)を振るかどうかで、ちょっとした議論になりました。
「小学生が見るのだから、より多くの漢字にルビを振った方がよい」という意見がある一方で、「あまりルビだらけになると、大人は馬鹿にされたように気分になるのでは」との意見もありました。
これは本づくりやWebサイト制作にも共通した問題で、「日本語のユニバーサルデザイン化」は実に難しいものです。
ただ、最近はお気づきの方もいるかもしれませんが、日本語にルビが振られたり、漢字が平仮名表記になったりしているケースが増えています。
新聞や雑誌などを見ても、昔は漢字で書いていた言葉が、平仮名で表記されている例を比較的簡単に見つけることができます。
理由はさまざまなですが、指摘の一つに「日本人の漢字能力の低下」があります。すなわち、若者を中心に難しい漢字を読めない人が増えているというのです。
背景には、パソコン・携帯電話の普及や「ゆとり教育」の影響があるのでしょうが、字幕を付ければ付けるほど、読めない人が増えるというジレンマもあり、実に難しい問題です。
佐藤です。
皆さんは「六曜」という言葉をご存じでしょうか。日常生活であまり聞き慣れない言葉ですが、「大安」「仏滅」と言えば、「ああ、あれか」と思われる方も多いに違いありません。「六輝」「宿曜」などと呼ぶこともあるようです。
この「六曜」ですが、もともとは中国大陸から伝えられたものだそうですが、その由来は定かではないそうです。何より、現在の中国では全く使われていないのだとか・・・。考えてみれば、日本でも普段は全く気にとめないのに、冠婚葬祭の時だけ突如として浮かび上がってくる、実に不思議な存在です。
ところで「六曜」の一つ「友引」は、一般的に「友人を誘引する」、すなわち葬式をするのは好ましくないが、結婚式をするのは好ましいとされています。ところが、これを調べてみたところ、昔は「共引」といい、「勝負事をしても、引き分けに終わる日」という意味だったとのことです。
また、「仏滅」その昔、「物滅」とも書いたそうで、これもお釈迦様が没した日とは無関係のようです。
何より「六曜」が日本で本格的に使われ、流行したのは第二次世界大戦以降とのことですから、実はとっても現代的なものなのかもしれません。
それにしても、キリスト教式の結婚式を挙げる人までもが、「六曜」を気にするというのは、ちょっと不思議な話にも思えます。日本人は、確かな神様を信じるというより、存在するかしないか分からない、曖昧な何かを気にしながら生きているのかもしれません。
佐藤です。
うちの会社は、教育分野をはじめ、企業コンプライアンス、メンタルヘルス、環境、福祉、労働など、実に多様な商品づくりに関わっています。そうした日々の中で、多くの専門用語と出会います。それら専門用語の多くは、その分野のスペシャリストにとっては至極当たり前である一方で、一般の人たちから見ると、聞き慣れない言葉です。
例えば、教育分野であれば、「ALT」「PISA」「中教審」「特別支援教育」等々、福祉分野であれば「ゴールドプラン」「ノーマライゼーション」「ケアマネ」などがあります。こうした言葉は、日常生活の中ではほとんど出てこないといってよいでしょう。
うちの会社は、「難解な専門分野の制度や仕組みなどを分かりやすく伝える」をメインコンセプトに仕事をしていますが、その点でも安易な「専門用語」や「業界用語」の頻発には、気を付けたいところです。こうした言葉を並べ立てると、一般の人は入り口から「難しい」「分からない」と思って、思考をシャットアウトさせてしまい、結果として何も伝わらなくなるからです。
女子高校生が難解な略語で会話し、大人たちが眉をひそめるというのはよくあるパターンですが、ビジネスマンが難解な専門用語やカタカナ語を連発するのは、構造的には何ら変わりありません。その背景にあるのは、自分たちだけの言葉を使うことの優越感、そして自己顕示欲だと私は思います。
佐藤です。
すべての名前には、必ず由来があります。人の名前にも、物の名称にも、動物や植物の学術名にも、そして山や川の名称にも、必ず由来があり、その多くには思わず「なるほど」と唸らされる“物語”があります。
例えば、キューバの革命家チェゲバラの「チェ」の由来、千葉県の袖ヶ浦市の「袖」の意味、オーストラリアの動物「カンガルー」の由来、大阪の清涼飲料メーカー「サンガリア」の原語などは、実に興味深いものがあります。いずれもWikiなどで調べればすぐに出てくるので、ぜひ確認をしてみてください。
そんな中でも、最近気になるのが、東京の地名です。例えば、東京で「谷」と付く地名(渋谷、市ヶ谷、雑司ヶ谷など)は、ほとんどが土地の低い所にあり、「山」とつく地名(青山、代官山など)は、土地の高い所にあります。
当たり前といえば当たり前ですが、東京という街をJRや地下鉄で移動する限り、こうした起伏を肌で感じる場面は殆どありません。私の場合、最近都内を自転車で移動するケースが増えたことから、こうした地名の存在感(?)を感じるようになってきました。
そんな中でも、一つだけ解せないのは「四谷」です。ここだけは、周囲と比べても土地が低いわけではなく、「谷」というよりは「丘」であり「山」といった地理的環境にあります。
周囲に四つの谷があるから「四谷」となったとか、いろんな説があるようですが、気が付けば多くの人がその土地を「四谷」と呼ぶようになっていたというのが真相のようです。名前とは、本来そういうものかもしれません。
佐藤です。最近はすっかりテレビにも出てこなくなりましたが、一昨年の今頃は、沢尻エリカが世間を賑わしていました。
ある映画の制作発表会で、不遜な態度を取ったことから、マスコミのバッシングを浴び、スポーツ紙などで「エリカ様ご機嫌ななめ挨拶」などと叩かれたものです。
まあ、ちょっとしたことで機嫌が悪くなったりするのは若さゆえの甘えでもあるんだし、大の大人がよってたかって20そこそこの小娘を攻撃しなくてもいいのに・・・と思ったもんですが、今にして思えばあの騒動は一体なんだったのでしょうか・・・。
と、なぜこんな話をするかと言えば、「機嫌」という字が、ちょっと気になったからです。機嫌とは、すなわち「気分の良し悪し」を指します。なのに、「機」と「嫌」という字からは、どうしてもそれが浮かびません。
例えば、楽しそうな人のことを「ご機嫌だね」といいますが、「嫌」という字から連想されるのは、ネガティブなイメージです。だとすれば、「ご機嫌だね」は「気分が悪そうだね」となるはずですが、実際の日本語はそうではありません。
一体どうなっているの?と思い、調べてみました。
どうやら「機嫌」は、もともと「譏嫌」と書いたらしく、仏教用語の「譏嫌戒」から来ているそうです。
この「譏嫌戒」は、お坊さんが守るべき戒律で、これを守ることで「人に譏(そし)り、嫌われないように」することを目的としているそうで、例えば「酒を飲まない」「にんにくなどを食べない」などが定められているそうです。(実際のお坊さんは、酒も飲むし、餃子も食べますが・・・)
要は、お坊さんが持つべき「気構え」「心構え」という意味で使われていた語が、広く一般に気分の状態を指すようになったとのことです。
つくづく、日本語は奥が深いですね。