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佐藤です。
うちの会社は、教育分野をはじめ、企業コンプライアンス、メンタルヘルス、環境、福祉、労働など、実に多様な商品づくりに関わっています。そうした日々の中で、多くの専門用語と出会います。それら専門用語の多くは、その分野のスペシャリストにとっては至極当たり前である一方で、一般の人たちから見ると、聞き慣れない言葉です。
例えば、教育分野であれば、「ALT」「PISA」「中教審」「特別支援教育」等々、福祉分野であれば「ゴールドプラン」「ノーマライゼーション」「ケアマネ」などがあります。こうした言葉は、日常生活の中ではほとんど出てこないといってよいでしょう。
うちの会社は、「難解な専門分野の制度や仕組みなどを分かりやすく伝える」をメインコンセプトに仕事をしていますが、その点でも安易な「専門用語」や「業界用語」の頻発には、気を付けたいところです。こうした言葉を並べ立てると、一般の人は入り口から「難しい」「分からない」と思って、思考をシャットアウトさせてしまい、結果として何も伝わらなくなるからです。
女子高校生が難解な略語で会話し、大人たちが眉をひそめるというのはよくあるパターンですが、ビジネスマンが難解な専門用語やカタカナ語を連発するのは、構造的には何ら変わりありません。その背景にあるのは、自分たちだけの言葉を使うことの優越感、そして自己顕示欲だと私は思います。
今回は映画「闇の子供たち」について話したいと思います。
梁石日の同名小説が原作で阪本順治監督の映画です。
あらすじ
日本新聞社バンコク支局特派員の南部浩行はタイで行われる小児臓器移植をスクープせよと命じられ、バックパッカー生活中のカメラマン与田博明と共に取材を開始する。
取材の結果、手術は日本から来る梶川克仁とみね子の息子のためのものが予定されていた。
一方タイ社会福祉センター所長ナパポーンの元に日本から音羽恵子がやってくる。そこへアランヤーから助けを求める手紙が来る。彼女はマフィアの手下チットに買われ,児童買春の餌食になっていた。
チェンライのゲーオが協力して事態打開を図るが巧くいかない。AIDS発症によりアランヤーの同室だったヤイルーンは捨てられ,その妹センラーが売春宿に連れてこられる。
センラーは、同室の子供たち同様に児童買春目的の日本人、アメリカ人を含む海外旅行者の男女に弄ばれるのだが、、、ある日、一人きれいな服を与えられて病院へと連れて行かれる。
この映画は、要するに幼児の人身売買・売春がテーマとして描かれており、内容は極めてショッキングな話である。
ストーリー自体はフィクションであろうが、描かれている内容はどうやらフィクションとは言えないようだ。不快な描写が多く、直視できず、思わず目を背けたくなる。気分を害し、後味も悪い。現実として絶対に肯定は出来ない。
我々はよく「旅の恥は掻き捨て」というが、決して掻き捨ててはいけない現実であり、ましてや恥といったレベルではない。歪んだ世界の行き着いた先が悲劇として描写されている。
それは強者と弱者との図式でもあり、その弱者の最下位が何の罪もない子供たちなのだ。
江口洋介さん演じる日本新聞社バンコク支局特派員の南部浩行が、取材を進める中で何度も何かにうなされているのだが、ラストに向かい衝撃の事実が明らかになる。
人は、自分の過去、自分の祖先の罪、何らかの負い目を償うために突き動かされ、他人のために自分の身を投じているのかもしれないと感じさせられた作品でした。
今日はこの辺で。
佐藤です。
すべての名前には、必ず由来があります。人の名前にも、物の名称にも、動物や植物の学術名にも、そして山や川の名称にも、必ず由来があり、その多くには思わず「なるほど」と唸らされる“物語”があります。
例えば、キューバの革命家チェゲバラの「チェ」の由来、千葉県の袖ヶ浦市の「袖」の意味、オーストラリアの動物「カンガルー」の由来、大阪の清涼飲料メーカー「サンガリア」の原語などは、実に興味深いものがあります。いずれもWikiなどで調べればすぐに出てくるので、ぜひ確認をしてみてください。
そんな中でも、最近気になるのが、東京の地名です。例えば、東京で「谷」と付く地名(渋谷、市ヶ谷、雑司ヶ谷など)は、ほとんどが土地の低い所にあり、「山」とつく地名(青山、代官山など)は、土地の高い所にあります。
当たり前といえば当たり前ですが、東京という街をJRや地下鉄で移動する限り、こうした起伏を肌で感じる場面は殆どありません。私の場合、最近都内を自転車で移動するケースが増えたことから、こうした地名の存在感(?)を感じるようになってきました。
そんな中でも、一つだけ解せないのは「四谷」です。ここだけは、周囲と比べても土地が低いわけではなく、「谷」というよりは「丘」であり「山」といった地理的環境にあります。
周囲に四つの谷があるから「四谷」となったとか、いろんな説があるようですが、気が付けば多くの人がその土地を「四谷」と呼ぶようになっていたというのが真相のようです。名前とは、本来そういうものかもしれません。
澤田です。
TeachersOnline制作日記④ということで、今回は学校版クレーム対応ゲームについてご紹介させていただきたいと思います。
以前にも簡単に紹介させていただいたのですが、このゲームはアドベンチャーゲームを通して、学校の先生方に保護者対応やその事例を学んでいただくことを目的としています。昨今、「モンスターペアレント」という言葉が跋扈しておりますが、あくまで保護者も教師と同じ「子どもの教育者の一員」であり、本当に子どもにとって価値ある教育活動を行うために、敵対関係ではなく友好関係を築く方法を考えていくことをゲームコンセプトとしています。
しかし、一口に保護者対応といっても千差万別であり、「すべてのケースがそんなにうまくいくわけがない」というのが、学校の先生方の本音でもあるのではないでしょうか。確かに、学校側のキャパシティや機能だけでは対処できない事例も増えてきており、時には法的措置や他の専門機関に訴えなければならない事例もでてくることと思います。ただ、監修の小野田正利先生もおっしゃっている通り、「モンスターペアレント」という言葉で、クレームを言う保護者を「排除の対象」としてひとくくりにしてしまい、その背景にある関係性や理由にまで思考が及ばなくなることは、やはり大きな問題をはらんでいると言えるのではないでしょうか。
現在、ゲームの第2弾を制作中なのですが、今回は「保護者が理不尽な要求を行うまでの過程とその理由」にスポットを当て、丁寧に描くことに力を注いでいます。このゲームをプレイすることで、保護者対応のノウハウ以上に、保護者の要求の裏側にある理由や感情にまで思いを巡らせる重要性を、先生方に少しでも感じていただけたら幸いです。
第2弾ゲームは、9月上旬アップの予定です。
がんばらねば…………。
第一法規株式会社からの依頼を受けて制作しておりました「廃棄物処理法5段表示システム」が完成し、先日公開となりました。
http://haikikai.d1-eco.com/haiki5/
「デモ版」をご利用いただければ分かりますが、このWebサイトでは、複雑な法体系における上位下位法令の関連条文を素早く確認できるよう、廃棄物処理法の法令を「法律」・「施行令」・「施行規則」・「関連省令/告示」・「関連通知」の五段対照の形で閲覧することができます。
このサイトの原型となったのが、6年ほど前に弊社が企画・制作した「法律」「施行令」「施行規則」の3段表示システムです。今回はこちらに「関連省令/告示」「関連通知」を追加し、実用性を高めました。
こちらのシステムが利用できるのは、「通知で納得!条文解説 廃棄物処理法」(加除式)をご購読いただいている方のみになりますが、「デモ版」はご利用になれますので、ぜひお試しください。
【書籍のお申込みは以下から(第一法規株式会社)】
http://www.daiichihoki.co.jp/dh/product/604892.html
佐藤です。最近はすっかりテレビにも出てこなくなりましたが、一昨年の今頃は、沢尻エリカが世間を賑わしていました。
ある映画の制作発表会で、不遜な態度を取ったことから、マスコミのバッシングを浴び、スポーツ紙などで「エリカ様ご機嫌ななめ挨拶」などと叩かれたものです。
まあ、ちょっとしたことで機嫌が悪くなったりするのは若さゆえの甘えでもあるんだし、大の大人がよってたかって20そこそこの小娘を攻撃しなくてもいいのに・・・と思ったもんですが、今にして思えばあの騒動は一体なんだったのでしょうか・・・。
と、なぜこんな話をするかと言えば、「機嫌」という字が、ちょっと気になったからです。機嫌とは、すなわち「気分の良し悪し」を指します。なのに、「機」と「嫌」という字からは、どうしてもそれが浮かびません。
例えば、楽しそうな人のことを「ご機嫌だね」といいますが、「嫌」という字から連想されるのは、ネガティブなイメージです。だとすれば、「ご機嫌だね」は「気分が悪そうだね」となるはずですが、実際の日本語はそうではありません。
一体どうなっているの?と思い、調べてみました。
どうやら「機嫌」は、もともと「譏嫌」と書いたらしく、仏教用語の「譏嫌戒」から来ているそうです。
この「譏嫌戒」は、お坊さんが守るべき戒律で、これを守ることで「人に譏(そし)り、嫌われないように」することを目的としているそうで、例えば「酒を飲まない」「にんにくなどを食べない」などが定められているそうです。(実際のお坊さんは、酒も飲むし、餃子も食べますが・・・)
要は、お坊さんが持つべき「気構え」「心構え」という意味で使われていた語が、広く一般に気分の状態を指すようになったとのことです。
つくづく、日本語は奥が深いですね。