August 26, 2008

ご無沙汰しております。
コンテクスト 前田です。
普段、仕事やら私的な作品作り等で人生のほとんどを費やしていると
言ってもまんざら過言ではない私がなぜか?とあるアーティストのMVの企画を
練っている最中にテレビの番組に目を奪われました。

資料用のDVDを見ようとしてつけたのか? 何なのか? 分かりませんが、
ついていたテレビから聞こえる「3文字のラブレター」というナレーションに
惹きつけられました。
内容は、研究で南極滞在中の夫に送った日本の妻からの3文字の手紙「あなた」だったそうです。
それは、その当時の状況で唯一の手段であったモールス信号で送られてきたそうです。
受信者は、当然 その後に「早く帰って」「元気で」「愛してる」などのいずれか?もしくは
複数の言葉が送られてくると思っていたのですが、実際は何も送られてこなかったそうです。

「あなた」 当時の受信者は、振り返って これはもっとも短いラブレターであったのではないか? この言葉は、後に続く多くの思いを想像させる。と語っていました。

さて
このメッセージを送った女性は、何を思い、何を考えて送ったのでしょうか?
研究での南極滞在は、短くても半年、、長ければ数年にもおよぶ間
彼女は一人冷たい布団の中でうっすらと涙をうかべていたのかもしれません。
彼女の送った「あなた」という3文字には何がこめられていたのでしょうか?

私たちは、多くの物事を自らの都合の良いように受け取り、解釈する傾向があります。
それは、悪くないことだし、無駄にマイナスに考えて物や他人に八つ当たりや危害を
加える可能性を考えれば賞賛されるべきこととも思います。
しかし、私は分からないなりに残した人や送ってくれた人、つまり前所有者に対して
責任を持つ必要があります。

ここに私が2006年帰国後に作った作品である「東京蒼景」をのせておきます。
もし、良かったらご覧ください。 
http://www.netmovie-fes.jp/2008/jpn/general/MG001032.html
(もしよろしければ、上記リンク先で投票いただければ光栄に思います。 最後は宣伝になってしまい、すいません。)

August 19, 2008

世間的にはお盆休みも終わり、8月も後半。
まだまだ暑い毎日ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

さて、私は先週、私用+夏休みということで、札幌の方に帰省させていただきました。
地元の盆踊りの曲が遠くに聞こえてくる中、ガレージで羊やホタテを焼いたり、スイカを食べたりして、なかなか夏っぽい日々を過ごすことができました。
また、久しぶりに小中学生の同級生と会う機会があり、数年ぶりに参加してきました。
中には中学校卒業以来一度も会ってなかった人もいて若干不安もあったのですが、会ってみると普通に話せるので不思議です。当時同じクラスにいても話すことが無かった人々が、10年経って意外と話題が盛り上がったりしているという……わからないものです。
もしかしたら普段も顕著でなくともそういうことの連続かもしれない、ということで、行く先も前向きに進んでいけるよう、考えて行動していきたいと思いました。

August 05, 2008

先日、久しぶりに髪を切りにいった。
ふと前に髪を切りにいった日を思い出してみると、約半年振りであることに気がついた。自分でいうのもなんだが、前髪はあごの下まで伸び、無精ひげは生え散らかし、よれよれのTシャツにサンダル履きときたものだから、どこぞのバックパッカーと間違われてもおかしくない風体であった。うちの会社は、服装や髪型に関しては全くもって自由な社風であるため、佐藤からはとくに何も言われなかったのだが、さすがにこれではどうかと思う。いますぐインドあたりに自分探しの旅へ飛んでいきそうな勢いである。

マメに髪を切りに行かない理由は、面倒くさかったり、髪を切られている間の時間が苦手だったりと幾つかある。今回はそれに、「ここまで伸びたら何か切るのがもったいなく思えてきた」というしょーもない理由がプラスαとしてあった。漫画家のつげ義春が描いた「無能の人」という作品では、主人公が世の中に偏在するもの(例:河原の石や切った髪の毛)を売って生活できないかと苦悩する様子が描かれているが、わたしの髪もどうにかすればどうにかなるのではないのかという考えが頭をもたげてきたのである。

そこでわたしはまず、わたしの髪の特性について再考することにした。わたしの髪の毛は、硬くまっすぐである。どれくらい硬いかといえば、切った髪の毛がわたしの首に突き刺さるくらい硬い。これは色んな意味で痛い。なので却下。次に、わたしは人より毛髪の量が若干多い。一度髪を切れば、一束のエクステンションぐらいにはなりそうである。ただ最近少し気になるのは、シャンプー後に抜ける毛の量も少しずつ増加しているような気がすることだ。わたしの父はわたしと似て髪の量が多い。だが亡くなったわたしの祖父は見事にはげあがっていらした。そういえばこの前帰省したとき、親戚のおばさんから「体型がおじいさんに似ている」と言われた。隔世遺伝という言葉が気になる昨今である。

そしてわたしに髪を切りにいかせた決定打となったのが、母の何気ない一言だった。

「あ、ふかわだ。」

わたしは決してふかわりょうが嫌いではない。むしろ面白いと思う。
ただわたしの人生において彼の立ち位置を目指すのは、あまりにも酷だ。


                                                (澤田)