June 24, 2008

コンテクストの前田です。
ご無沙汰しております。

ぼちぼちと忙しくさせていただいております昨今ですが、
そういう時に限って様々なことが舞い込んでくるものですよね。
その中の一つに自宅の引越しがあります。
前々から事あるごとにもくろんでいたのですが、仕事だったり、趣味だったりで
前進できてなかったのですが、ついに決めました。
中野区民に近々なります。

というわけで先日、不動産に契約を結びに行きました。
分かってはいましたが、契約を結ぶのは神経を使いますよね。
裕福ではない私には多額のお金を要する契約では契約書の隅々まで理解し、
事後に不具合が発生しないように細心の注意が必要です。
もちろん、不動産(管理会社)側にも全文の説明義務があるので
基本的には先方が契約書にそって説明してくれるのをふむふむと聞いているだけですけど、、、
眠くなるのをこらえながら聞いていた説明の中で驚くべきことが分かりました。

先方「えーっとこの物件では、石綿の検査は無いです。 それから…○○も無いです。」
私  「ちょっとすいません、石綿アスベストは無いのですね? ほっ」
先方「ええ無いですね、、、検査は、、、」
私  「…」
何!?
その時、契約書をよーく見たら
(この物件では石綿の有無を調査する検査資料   無) と書いてあるではないですか!!!

えっ! あんなに一時期、騒がれたのに検査資料が無いということは、検査して無いって事??
先方を問い詰めたら賃貸物件では石綿アスベストの有無の検査の義務は無いそうです。
先方の不動産では宅建から契約書を持ってきているらしいので
これは、お国が定めた事という事ではありませんか!!!

おっ 恐ろしい。

安くは無い家賃を毎月払い、少なくとも2年は住むだろう
この建物で、、、石綿アスベストの有無は分からずとは、、、
ちなみに私の借りる物件は、1970年代築の鉄骨構造のマンションです。
(鉄筋ではないので可能性はうすいらしいのですが、、、)

ウキペディアで調べたところ
(耐久性、耐熱性、耐薬品性、電気絶縁性などの特性に非常に優れ安価であるため、日本では「奇跡の鉱物」などと珍重され、建設資材等、様々な用途に広く使用されてきた。しかし、空中に飛散した石綿繊維を肺に吸入すると約20年から40年の潜伏期間を経た後に肺がんや中皮腫の病気を引き起こす確率が高いため、2006年現在では「静かな時限爆弾」などと世間からおそれられている。)

つもり、色々な場所に出歩けば常に空中に飛散した石綿繊維を肺に吸入する可能性があるので
あえて仮住まいであるだろう賃貸物件では検査の必要が無いという事になっているのではないでしょうか?
しかも潜伏期間が20~40年ということは、どこでいつ吸入したか特定できない、、、

人生の半分の時間を過ごす住宅にはアスベストの危険性がないとわかって暮らしたいと思うのは私だけでしょうか?

June 18, 2008

先日、弊社が制作に携わった防犯意識啓発パンフレット『考えて身につく防犯絵本 こんなときどうする?』(東京法規出版刊行)が完成いたしました。

今回は、ストーリーの作成や文章の執筆のほかに、ディレクターとして企画・構成や進行管理についても携わらせていただき、様々な面で大変勉強になりました。イラストレーターの方やデザインを担当してくれた堀野をはじめとして、多くの方にご協力とご教示いただいたおかげで、手前味噌ながらなかなか読み応えのある商品に仕上がったのではないかと思います。

本パンフレットは、市役所等の公共機関に配布されるとのことで、読者対象は小学校1~3年生となっておりますが、多くの方に気軽に手にとっていただければ幸いです。ディレクター業務は責任も大きく、大変な作業でしたが、相応の決定権をもって仕事に取り組めたことは大きな達成感と充実感につながりました。文章を書く仕事も好きですが、これを機に本づくりの仕事をより深く覚えていくのもよいかな、と感じています。

                                                   (澤田)

June 10, 2008


雨が降ったりやんだり、蒸し暑かったり意外と寒かったりするこの頃、
皆様いかがおすごしでしょうか。

最近データを作成していたパンフレットの仕事がひと段落。
(いろいろな方に助けていただきました。ありがとうございました!)
映像部隊はまだまだ忙しそうな様子ですが、
ちょっとひと休み気分で、事務所近くにある前から気になっていたケーキ屋さんを
紹介してみます。

K.ViNCENT (Kヴァンサン パティスリー カー・ヴァンソン)というお店で、
緑の小さい旗?が目印です。まだ入ったことはないのですが、
通るたびにちょっと気になります。
(その通りの道はせまいので、よそ見してしまいたびたび車にひかれそうになります。)
場所が説明しにくく…(興味のあるかたはこちらへ☆)確か、”講談社ロジスティクス”とか、”空手”とか、”ピアノで歌える長唄教室”といった看板が見える通りです。(ちなみに、同じ通りで、ある出版社の建物の前に印象的なイラストのポスターがあり、そのために時々私はその道を通ります。ゼロから質感を出せる、イラストレーターさんってすごいです!)
というわけで、ケーキ屋さんというより道紹介になってしまいましたが、
お時間がある方はぜひ通ってみてください!


June 03, 2008

とある大手英会話塾では、独自のメソッドを利用し、「赤ちゃんが“ごく自然に”言葉を習得するように」英語を話せるようになるという。その考え方とは、「ある物事を指し示す、あるいは思考する過程において、母国語を介すことなく、事象と言語(英語)を直結させる」というもので、簡単に言うと「英語を頭の中で日本語に翻訳することなく話せるようにする」ということらしい。

このメソッドによって英語をマスターできるかどうかは、本人の努力による部分が大きいと思うが、しかし考え方自体はとても興味深い。ここから言葉の性質について少々発展的に考えると、「Apple」と「リンゴ」はイコールではなく、ニアイコールとなる。二つの単語は、どちらも「赤く丸みを帯びた甘酸っぱい果実」を指し示すという点で一致しているが、その単語が持つ意味性や宗教性、文化的背景、それによって喚起されるイメージなどは、微妙に(ある部分ではかけ離れて)異なっている。有名な例で言えば、「タコ」と聞いたとき、日本語を母国語としている人は「8本の足を持つ赤黒い軟体生物」であることのほかに、「寿司やたこ焼きに使用される切り身」などを想像するが、英語を母国語としている人々、とくに欧米圏では、宗教的なバックグラウンドによって、「Octopus」という単語から「グロテスクで邪悪な生き物」を想像する。よって「タコ」と「Octopus」は同義的でありながら、言葉の持つ概念の面では全く一致しないことになる。つまり「Apple」や「Octopus」といった単語を“本質的に”理解するためには、「リンゴ」や「タコ」といった単語が持つ“日本的な概念のフィルター”を除去する必要があるといえるのだ。

このことから「民族性」と「言語」は不可分の関係にあるということが指摘されており、「国家とは言語である」と主張する社会言語学者もいる。そのズレは、民族といわず、個体体験の違いによっても当然生じる。

「何が言いたいのか」と問われれば、
「それだけ人がわかりあうことは難しいんだなぁ」ということである。

ディレクターとして業務に携わる中で、日々感じるのが、「コミュニケーション不足は致命的なミスにつながりかねない」ということだ。リンゴの絵ひとつをイラストレーターに発注するにも、それが「おいしそうな」リンゴなのか、「腐りかけの」リンゴなのか、また「おいしそうな」リンゴを描くとしても、「リンゴ自体のみずみずしさ」を強調するのか、「食べた人の嬉しそうな顔」を強調するのか、といった具合に、ねずみ算式に無限の選択肢が生まれてくる。普段コミュニケーションを図る上では、「他人が自分と同じイメージを共有している」という仮定に立ち、また多くの場合その仮定に当てはまることから、別段支障を感じることはないが、仕事上のやりとりなど精度の求められる場面で、ましてや作品のコンセプトに関わる部分で誤差が生じれば、後々取り返しのつかない事態に発展することも考えられる。「言葉の綾で…」という言い訳では、済まされないのだ。

自分の頭の中にあるリンゴの形を、日々変えていかなければならないと反省する今日この頃です。


                                                    (澤田)