September 27, 2007

澤田です。姉さん、大変です!!!!!!仕事が終わりません!!!!

いや、仕事量は適正なものであり、地道にやっていれば何の問題もないのですが、どうやら私の仕事の進め方に問題があるようで。……追い込まれないと、仕事ができないタイプのようです、私。

思うに、人の仕事の進め方は、小学校1年生の夏休みに決定するような気がします。そう、「夏休みの宿題」です。あれを、7月中に終わらせてしまうか、8月末になってからやり始めるかで、その後の人生における仕事の進め方が決まるような気が私はするのです!

7月中に宿題を終わらせたという人は、当然夏休みを有効に使うことができます。たとえ2学期直前に家族旅行へ出掛けたって無問題。きっと心の底から楽しめることでしょう。それに比べて、いつまでたっても宿題をやらなかった人は、お盆を過ぎたあたりからソワソワ。セミの抜け殻を集めていても、ふいに軽い焦燥感に襲われたりします。8月下旬になったところで、ようやく算数ドリルを開くも、数問解いたところで脱線、消しゴムのカスを集めて固めることに熱中したりするのです。それから厄介なのが自由研究。自由研究なんだから、何したって自由だろ!!と開き直りたいところですが、どうやら科学的な調査や裏付けが必要な模様。しょうがないから、家の庭にKFCのフライドチキンの骨を埋めて、“土壌中の微生物によるカルシウム分解の様子”みたいなタイトルを命名。内容は、「とくに変化なし。」で統一。そして8・31、母親の「あんたは本当にどうしようもない子ね!!」との怒声に、半ベソをかきながら机に向かう子どもという、お馴染みの光景が繰り広げられるわけです………。

ああ、久々にネガティブな妄想が暴走してしまいました…。


仕事しよ。

September 25, 2007

秋晴れin札幌。秋葉原。先入観なく漢字3文字で見ると、この時期にふさわしいさわやかな土地でもよさそうなのに。

先日、自宅にいるMacminiのメモリ交換のため、作業をしてくれるお店まで電気街口から歩きました。
(Macminiは、自分でメモリ交換がしにくいそうです。開けるとこがありません。)
秋葉原は、乗り換えでホームに降りたり、ヨドバシカメラだけ見て帰るくらいしか利用したことがなかったので、おそるおそる。

目的地の場所は中通りでわかりにくいようだったので、とりあえず近くまで大きい通りを通って近づいていくことに。それが、間違いではなかったのですが、とにかくいろんな人がいっぱい!(その日は確か土曜日)普段の行い ― 家もしくは事務所にひきこもりがちな生活 ― がたたって圧倒されてしまいました。
他のまち、例えば池袋や新宿なども「混んでいる」ということには変わりないのですが、何か重さがちがう…。
外国人観光客、電気屋やメイドカフェの店員による客引き、露店で怪しいソフトウェアを売る人、コスプレの人…違和感の正体は、多分、人の種類です。また、そこで何かを求め歩いている人々の執着心(?)が伝わってきます。かなり”ユニーク”で”専門的”な店の集合が、きっと呼び寄せるんだろう…

途中何度か、そうやって作り出されたとされる思念波(?)に押しつぶされそうになりながら、なんとか無事目的地に到着。帰りは、多少歩きながらどんなものを売っている店かがわかるくらい視界に余裕ができました。が、もっと免疫ができないと、「なんとなく」で行ってみたりすることはできないようです。
ある意味、代官山よりレベルが高いかもしれません。
(参考→http://www.con-text.co.jp/staff/2007/07/post_13.php)
アキバに行くためのレベル上げにいいまちはどこだろう?
でも、とりあえず、用がないうちは、行かずに済ませたい…!
…そうやっていつまでたっても経験値が増えないのは、いい傾向ではありませんね。
行ける時は、行くことにしよう。(アキバに限らず)


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September 20, 2007

澤田です。ただいま、ある教育関係のDVDを制作しているのですが、先日の日曜に、その本編のロケに同行してきました。

場所は神奈川県某所にある住宅街。撮影クルーは、どなたも顔見知りの方ばかりだったので精神的には余裕がありました。が、当日はそれを打ちのめすかのような猛暑日。ギラギラの太陽が、我々のハートと柔肌を熱く焦がしました。

しかし撮影自体は至って順調。今回は子役が多数必要だったのですが、みんな愚痴も言わず一生懸命演技をやり遂げてくれて本当に助かりました。感謝、感謝です。

で、このロケ。あと2回ほど撮影の予定があるのですが、#$%&*+(←大人の事情)のため、正直役者が足りなくて困っています。誰かその辺で、若くて奇怪なオーラを発している男はいないかしら…。

と、いうことで、次回、私が「不審者B」の役をやることと相成りました。不審者…。その言葉にノスタルジックな香りを感じてしまう、私のサガよ。大学生の頃、真夜中に熱唱しながら自転車をこいでいたら、よくポリスメンに、「はぁい止まってぇ~」と優しく声をかけられたものです。しかし、前回が泥棒役で今回は不審者役。これは今後も、何かバッドボーイズ的な配役が巡ってくるのかもしれません…。

September 18, 2007

実家で部屋の整理中、小学校3年か4年生のときにクラスで作った学年末の文集を発見しました。何を書いたのか気になるところ、ちょっと自分のページをのぞいてみました。(文集は、3つのお題…1)自分の似顔絵 2)今年印象に残った学校でのできごと(作文) 3)「おおきくなったら」(作文) …についてクラス全員分が収められている。)

当時の私が、一年間で一番印象に残ったこととして選んだのが、〝図工の時間、先生がいもはんがをほめてくれたのがうれしかった〝こと。(いもはんがはどの学校でもみんな経験するものなのだろうか?)図工はだいたいいつも楽しかったけれども、いもはんがはその中でもかなりわくわくしてたような記憶が。感想として、「自分でも、まあうまくいったなとおもったので、よかったです」というようなことが書かれていました。(いま仕事でも、せめて「まあうまくいったな」って思うようになりたいところです…)

余談ですが、後日、その「ほめられた」といういもはんがを発掘してびっくり!どこかで見たような…と思えば、先日のブログの写真(夢のなかでつかまえたやつ)と酷似した、むらさきに近い淡いピンクのちょうちょが一匹、同じように左向きで木に止まっている構図…。たいしたことのない偶然ですが、そこまで昆虫少女ではなかったし、そんな色のちょうちょなんて見たことはなかったはずなのに…と、何かが無意識の中に埋まっている気がしました。このように、仮想でのつながりからも、このいもはんがを作った小学生は、間違いなく自分のようです)
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ちなみにその他2つのお題には…
・似顔絵→自分で書こうとしたもののどうしてもなんとなくイヤだったため、”「自分で書かないとダメ」という指示じゃない”と、勝手にクラスメイトに外注。(支払いは給食のデザートだったか、掃除当番の代理だったか、「りぼん」の付録だったか…)
・「おおきくなったら」→”ものづくりの人。特に木のおもちゃとか作りたい”だそうです。へんな木の家のイラスト(こちらは直筆)までありました。いまの仕事とは、まったく違うわけじゃないけれど、近くもないような…

September 13, 2007

澤田です。本当にどうもすみませんでした!!と、のっけから謝っておきます。なぜならば、この3ヶ月間、私のブログ記事には、寄生虫やら牛久大仏やらジェイソンやら高田純次やらうなぎパイやら隣りに住む芸人がうるさいやらと、まるでロクでもないことしか書かれていないことに、ようやく気付いたからです。いや、自分でも薄々気付いていたのですが、「会社のブログなのにいいの?」という友人からの最もすぎる指摘に、ようやく現実を直視する気力が湧いたというのが実際でしょうか。ともかく、最初の記事に書いた言葉に反せぬよう、これからはちゃんと仕事してるっぽいことを書いていきたいと思います!!(注:その日の気分によります)

さて、CUEです。遠い昔、記事を作成するにあたって、どのように取材を行うかということを簡単に書かせていただきましたが、覚えてる方はいらっしゃいますでしょうか…。(2007年6月のカテゴリーの中に記事があります)今回はその続編として、いよいよ執筆の作業について紹介させていただきたいと思います。

記事を執筆するにあたって、重要なことは3つ(だと思います)。まず「わかりやすい文章であるかどうか」、次に「正確な情報を記載しているかどうか」、そして「自分の意見や感情がちゃんと抑制されているかどうか」ということです。

「わかりやすい文章であるかどうか」ということは、もはや説明するまでもないと思います。文法が適切であるかどうか以外にも、難解な語句をできるだけ使わない、センテンスはなるべく短く簡潔にする、起承転結などの文章構成をしっかり組み立てるなど、パズルのように文章を構築していく感覚は、結構楽しいものがあります。また「正確な情報を記載しているかどうか」ということも、商品としての本を作っている以上、最低限守らなければならないルールと言えるでしょう。インターネット上にある情報はもちろん、実際に取材して得た情報も、提供者側との“意思の誤差”が生じているケースがあるため、密に連絡を取り合うなど、配慮を怠ることはできません。

そして「自分の意見や感情がちゃんと抑制されているかどうか」ということですが、これは読者の側に立って考えると納得しやすいのではないかと思います。少々極端なことを言えば、読者の方は書き手自身の意見など全く求めてはいません。読者の方にとって重要なのは、本に記載されている情報がいかに自分にとって役に立つのかということであり、ライターの仕事は、その情報をできるだけ正確に、分かりやすく伝えることにあります。(小説など文芸誌の場合は別ですが…)下手に(巧妙に?)自分の意見を文章に織り交ぜてしまうと、読者の方に誤った認識をさせてしまうといった、申し訳ない事態になりかねないのです。

ただし、全く独自性を取り除いた文章が最高かというと、そうでもないような気がします。(というか、そのような文章を書くことは不可能でしょう)簡潔に表現するならば、CUEの独自性は「文章」ではなく「文脈」に存在すると言えるのではないでしょうか。例えば、同じ事件を取り上げて記事を書いているのに、新聞ごとに異なった印象を受けることがあるのは、新聞各紙のフォーカスする箇所が微妙にズレているからでしょう。どの記事を一面に持ってくるか、あるいは削除するかといったことは、それぞれのニュースバリューによって判断されますが、その価値基準は各紙によって異なるため、取捨選択の連続によって、紙面にある特性(匂いみたいなもの?)が生まれるのです。そのような「視点」と「価値基準」の違いは、紙面全体に「大きな文脈」を生み出し、結果として同じ事件を扱っていても各紙の独自性が保たれることになるのではないでしょうか。

この「視点」の問題は、文章を書くことを生業とする上で、一生ついてまわることのような気もしているので、また体力と気力がある時に、しっかり考えることができたらいいな、と思っています。


あ……CUEのこと忘れてました…


September 11, 2007

牧場と海とキリンが見たい
明日から3日間、延ばしてきた夏休みをとります。
一体何をするつもりなんでしょう(他人ごと…)。

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とりあえずイナカを観光でしょうか。
牧場とか、海とか、動物園とか。
私のイナカは札幌ですが、街はいろいろ変わっているそうなので、改めて見てまわろうか、とも思います。

たぶん、いま見たら、いろいろまた違うことでしょう。
    

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今日はがじゅまるたちに水をやるのを忘れずに帰ります。
戻ってくる頃には、及川ビルのエレベーター工事も終わっているかな…

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