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澤田です。スタッフブログの開設から約3週間。最初にUPした記事で「自分がこなした仕事を通じて編集のスキルを公開していく」的なことを宣言したにもかかわらず、書いたのはゲゲゲやノッポさんのことばかり。いい加減このままではマズイのではあるまいか、と己を軽く呪った末に、今日からシリーズで一冊の雑誌が出来上がるまでの工程を、時系列に沿って紹介していきたいと思います。
《↑成長しているのか疑問に思う時もある》
編集業務について説明させていただく前に、まず『CUE』について軽く触れさせていただきます。以前から佐藤のブログをご覧になってくださっている方は既にご存知だと思われますが、『CUE』というのは、弊社が制作と編集を担当している季刊誌のことです(発行・第一法規)。取り扱う主な内容は、子どもの安全と危機管理についてで、先進的な取り組みを行っている学校を紹介したり、月ごとの安全対策情報を掲載したりと、中々ナイスな感じに仕上がっております。
で、まずは企画出しです。
『CUE』の場合、季刊誌のため、企画出しは発行予定日の3ヶ月前から行われます。『CUE』の主なトピックスは、著名人による巻頭インタビュー、各学校の安全に対する先進事例の紹介、子どもの安全を守る便利グッズの紹介、月ごとの安全対策情報の掲載、などなど。また毎号『いじめ』や『情報教育』など、号別に全体的なテーマが組まれ、それに沿う形で誌面の内容が決定されていきます。例えば、次号のテーマは『交通安全』ですから、{『交通安全』に関して『先進的な取り組みをしている学校』はないか?}といった感じで企画出しや調査が行われていくわけですね。
それでは企画出しのポイントとは何か?
我らが社長・佐藤曰く「軸がブレないことと、粘り強いリサーチが肝心」とのこと。軸がブレないというのは、調査した事例が『CUE』の特性と噛み合っているかどうか、ということです。例えば、『交通安全』であれば、『交通安全に関する先進的な取り組み』を行っていても、それが社会人の活動であったら意味がないわけです。また『子どもたちの交通に関する先進的な取り組み』であったとしても、それが交通“安全”を前面に押し出したものでなければ、これまたボツになってしまいます。う~ん、なんだか書いててややこしくなってきた…。
個人的な考えとしては、ネタを調査する際に優先順位を明確にしておくとテーマがブレなくて済むかな、という気がしています。先ほどの例で言えば、「子ども>安全>学校>先進的事例>交通」といった具合です。(まぁ、当たり前のことなのですが…)そして後は、ひたすら検索あるのみ、です。公的機関から個人ブログまで、とりあえず検索しまくります。ちなみに『交通安全』で検索をした結果、30数ページ目で、地方にある妙なトーテムポールの画像へ私は辿り着きました。ゲテモノ好きな私は意気揚々とネタを提出しましたが、佐藤の的確かつ迅速な判断により約3秒ほどで却下となりました。
佐藤さん、残念です!!!!でも正解だと思います!!!!
(2に続けばいいと思う)
自分の席から見える棚の上に、見慣れない箱を見つける。なんとなく、牛柄っぽい。一体何が入っているのか?
牛といえば、先日ひょんなことから禅の「十牛図」の挿絵と再会した。かなり深い意味があるようで、なんでもないような、不思議で、あたりまえな話。超簡略化すると、あるひとが何かを象徴した”牛”を探しもとめ、手に入れ、連れ帰り、なぜか一体化して、何もなくなって、いつしか全部忘れてただ生活しているひとがいる、というような流れ。
牛つながりの世界観。半年前ややニートな生活をしていたとき、マイナーなSFCのゲーム「サンサーラ・ナーガ」のGBA版を懐かしさで買って、そのべこ(牛)だらけのインドな世界で何時間かを過ごした。最近原作者が「GHOST IN THE SHELL」「イノセンス」の押井守だと知る。さすが。
写真の、棚の上の箱に戻る。そういえば、その箱の一番近くに席がある林さんと、コンテクスト代表の佐藤さんがはじめて一緒に手がけた仕事は”ミルクランド”だという。(→http://alic.lin.go.jp/milkland/) と、いうことはもしかしたら、大小さまざまなモーブロック(※注1)がぎっしり詰まっているのかも…!近くの椅子を脚立にして棚の上の牛の箱に手を伸ばすと、誤って箱を落としてしまい、中から…!!(夢の続きはいかに?)
…そんな妄想は、ミルクランドの創造主・林先生によってあっけなく否定されてしまい、あふれだすはずの空想上の牛たちはみんなどこかに行ってしまいました。(どうやら現実は、本間さんあての荷物の空き箱だったらしい。) おしまい。
※注1:モーブロック(詳細はミルクランドのキャラクター紹介ページへ♪)
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澤田です。今日は音楽の話をしたいと思います。その前に少し、個人的な音楽活動の変遷について紹介させていただくと、5歳ごろよりピアノを習い始め、15歳の頃から独学で作曲を開始。今はクラシック音楽の作曲家に師事し、和声学という音楽理論について勉強をしています。
《↑ドラえもんと一緒でちょっと嬉しい》
で、タイトルの『ポリフォニー』とは何か??
無理やり一言で説明すれば、“それぞれの声部が同等に独立した旋律によって進行する多声的な音楽”のことを指します。(説明ベタですみません…。)和声学上、ハーモニーとは『ソプラノ』『アルト』『テノール』『バス』の4つの声部が重なることによって生まれますが、ポリフォニックな音楽とは、それら4つの声部が、各自に独立したメロディを奏でており、それが重なり合うことで生まれたハーモニーが、一つの巨大な音楽として進行していくのです。なんだかこう書くと壮大な感じがしますね~。
ポリフォニー的な音楽進行は、主にクラシック音楽やアフリカの民族音楽に多数見受けられます。ある民族音楽学者が書いた本には、熱帯のジャングルに住まう民族が奏でる音楽について、「元々は素朴だが非常にポリフォニックだった音楽が、先進国によって植民地化された途端、独自性を失いモノフォニー的(ポリフォニーの対義語で、単独の旋律のみによって進行していく音楽のこと)になってしまった」との記述もなされています。民族音楽の構造は、その国の文化や思想を敏感に反映しているのかもしれませんね。
このような『ポリフォニー』についての考察は、小説や絵画などの芸術分野に限らず、例えば会社など実際の共同体についても応用できるような気がします。個人的には『会社のため』というモノフォニー的価値観によって行動するよりも、まず個々が『自分のため』に興味のあることに没頭し、それを共同体としてビジネスに昇華させていく方が、「おもしろいなぁ」と思ってしまいます。この考え、甘いですかね…甘そうですね…。しかし入社して約2ヶ月、そんな鳥肌の立つくらい甘ったるい思考を持つ私が、一度も不自由感を感じたことがないのは、きっとコンテクストという共同体がポリフォニックに機能しており、なおかつ我が社長・佐藤のマエストロとしての手腕がとっても優れているからでしょう、と、最後にちゃっかりヨイショしつつ今日はこのへんで終わりにしときます。
ブログを書く方々は、どうやってネタを決めてるんでしょう。先週から、自分がなぜブログに抵抗があるのか地味に考えました。そしてとりあえず、「身の周りには同様に確からしい重さのさまざまな事象があるためそのなかで”それ”を選ぶことができない、というような考え方が自分にあるからだ」という納得の仕方を発見。(解決はしてません…)
そんなことはさておき、最近、イラストが無い!とか写真が表示されない!とか騒いで事務所のみなさんに助けてもらいながら仕事を進めていますが、(お世話になっている先生方、ありがとうございます。)素材を探しているなかでちょっと寄り道した先日、音の素材がおもしろいことに気づきました。(映像編集は未経験なので新鮮だから、ですが。)そこで、アプリケーションを使うとき音が鳴ったら楽しいかも、と思い、頭の中で勝手に当てはめてみました。例えば新規作成→ものごとのはじまり 自動選択ツール→魔法の杖1 メール送信→飛び去る 等!(お手すきの際にでも、具満タンwebのページで。)
…冷静に考えると数分後から邪魔で仕事に支障が出そうでした。(初めてMacOS10をさわったとき、Docから曲がってページが出てくるのに感動して繰り返してるうちに面倒になって結局設定変更した、ような感じの要領で)とりあえず、自分の個人HPのなかで音を使って遊ぶことにします。
澤田です。先々週の日曜日、吉祥寺に映画を観に行ってきました。近しい人に「『ゲゲゲの鬼太郎』の実写版を観に行こう」と誘われ映画館に赴いた次第ですが、私自身はといえば「23にもなって何がゲゲゲか!」とひたすら毒づいておりました。どうせ子ども向けの生ぬるい作品に仕上がっているのだろうと、タカをくくっていたのであります。
ところがどっこいです。「ゲゲゲの鬼太郎」実写版には、韓流映画にも匹敵する悲しい男女の恋模様が描かれていたのでございます。
ストーリーのあらましは、【持つものに絶大な力を与える『妖怪石』を巡り、人間を守る鬼太郎と人間界征服をもくろむ邪悪な狐の妖怪が戦う!!!】という、シンプルで感情移入しやすい構成になっていました。しかし問題は、『妖怪石』を誰が手に入れるのか、なんてことではありません。猫娘です。正確に言えば、鬼太郎の猫娘に対する扱いがヒドすぎるのであります。以下参照あれ。
ひょんなことから『妖怪石』を手に入れてしまった一人の少年と、その姉・実花。邪悪な狐妖怪に狙われる幼い姉弟を守るべく、鬼太郎は今日も下駄を飛ばす。次第に加熱する戦いに、ゲゲゲの森では作戦会議。猫娘は目玉おやじに「父さん」と話しかける。しかし鬼太郎「気安く『父さん』なんて呼ぶなよ!」と間髪入れず猫娘を叱責。「ごめんね」と気まずそうに微笑む猫娘。こなきじじいも思わずうつむく。その後、戦いは激化。敵の魔の手から体を張って愛しの鬼太郎を守る猫娘。しかし鬼太郎、少年の姉・実花にベタ惚れ。一緒に写メールとかも撮っちゃう。そんなこんなでいつの間にやら敵を撃破。平和を取り戻した後も、互いに惹かれ合う実花と鬼太郎。だが掟で妖怪と人間の恋は禁じられている。この事態を重く見た目玉おやじ。妖怪・もの忘れを召喚。妖力を使い実花の記憶から鬼太郎を消滅させる。それでも実花を忘れられない鬼太郎。意を決して実花に会いに行くが「あなた、誰?」の一言であっさり撃沈。傷心のまま帰宅する。そして感動のラストシーン。「墓の下倶楽部」なる渋谷のclubまがいの場所で酒をかっ食らう鬼太郎。そんな鬼太郎に、猫娘はそっと優しく語りかける。「また父さんにやられちゃったの?」猫娘の言葉に「まぁね」と素っ気ない返事をする鬼太郎。そして猫娘、最後に悲しい笑顔を浮かべてこう呟く。
「いつものことじゃない。さぁ、何もかも忘れて踊りましょうよ」
私は、泣きそうになりました。そこで一言、言わせていただきます。
鬼太郎よ。この際、人間のことなんてどうだっていい。今すぐ猫娘にプロポーズでもしてやんなさい。「まだ遊びたいよぉ~」なんて言い訳は通じません。あんた今年で、350歳なんだから…。
本日は木曜日。プロフィールに続く更新日。”ブログに何を書けばいいかわからない”という切実な思いを淡々と綴ろうかと企てるも、「(株)コンテクスト公式ブログ規定」に抵触するおそれを察知しはじめあえなく挫折。そこで一時的にサーバーが利用できなくなったのをいいことに更新せず帰宅すると、会社に傘を忘れたことに気付く。その結果そのうち私は”雨の予報もない日なのにどう見ても日傘ではなく雨傘をなぜか持って歩いている人”の一人となり、例えば退屈な親子の会話のネタになれるかもしれない。(事務所にある、オレンジの無印のしるしのついていない”しるしのつけられる傘”は私のです。捨てないでください。)