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澤田です。
私事で申し訳ありませんが、先週中野のアパートから三鷹駅近くのマンションに引っ越しいたしました。
わたしは重度の引っ越し魔でありまして、上京してかれこれ7年近く経つのですが、その間に
浜松(地元)→相模原→吉祥寺→八王子→中野→三鷹
と、5回ほど引っ越しを行っております。
約1年半に1回のペースで引っ越しをするなんて時効を待つ逃亡犯のようですが、違います。
頭が悪いだけです。
さて新居のある三鷹ですが、駅構内には通称「エキナカ」と呼ばれている小洒落た惣菜屋さんアリ、緑豊かな「風の散歩道」アリ、その通り沿いには太宰治が入水自殺を遂げた「玉川上水跡地」アリと、なかなかにステキな様相を呈しております。とくに大家さんによれば、最近三鷹は「太宰押し」のようでして、超局所的に太宰治ブームが再燃している模様です。高校時代、「太宰治=ネ申」として崇めていたわたしとしては、ここは乗っかっていきたいところです。太宰の精神にシンクロして、トカトントンと壁に釘を打ちましょう。全く知らない人の微笑みに、勝手に絶望しましょう。
交通の利便性、住み心地ともに申し分のない三鷹ではあるのですが、1つだけ難点があることも確かです。それは「駐輪場が少ない」ということです。三鷹の駐輪場には、市営のものとそれ以外の有料駐輪場があるのですが、市営の駐輪場を利用するためには年1回行われる抽選会に応募し、当選しなければなりません。これがかなりの倍率らしく、結構な確立であぶれてしまうらしいのです。
「ならば有料駐輪場に」と、早速定期券を買いに行ってきたわけですが、受付のおじさん曰く「2年待ちです」とのことでした。どうやら800人前後の先約がいらっしゃるようです…駐輪場のために。
三鷹、チャリン子がインフレすぎです。
これ、住民としては結構切実な問題ですので、今度の市長選では「ビル屋上総駐輪場計画」を推進してくれる方に一票を投じたいと思います。
以上、「約1ヶ月半ブログのネタに困った挙句、内容のないことを書いて『内容がナイよう』とか言ってごまかそうとしたけどいま一歩踏み切れずに現在に至った」記事でした。
ご心労のほど、いかばかりかとお察しいたしますが
今後とも何卒コンテクスト(私含む)をよろしくお願い申し上げます。

なぜか、犬。
コンテクストには犬がついていますゆえ。
今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。
取り急ぎご挨拶申し上げます。
先週の休日、ふらふらと上野近辺を歩いていたら妙な石碑を発見した。
これだ。

めがねが祀られている。かなり本気で。
なぜ???
家に帰ってインターネットで軽く調べてみると↓
・昭和43年に明治100周年を記念して建立され、「めがねの恩恵と先覚者の功績を称え、後世に残さんとするもの」らしい。
・碑にかたどられているのは、徳川家康が愛用していためがねらしい。
・例年、めがね供養祭なるものが催されているらしい。
・めがね供養祭の出席者は、やっぱりめがね率が高いっぽい。(16人中12人/澤田調べ)
ということでした。
へぇー。
しかし何なんだろうか、この重厚な石造りの立方体が放つ威厳は。「なにこれぇ~」とはしゃぎながら近寄ってきたカップルを瞬時に真顔にさせた。これは、あれだ。中学時代、英語の例文問題にあった「Can you ski?」を「巨乳好き?」とふざけて読んだら「ウケてんのお前だけだぞ」的な空気が一瞬で教室に広がっちゃったときの、あれだ。決して好奇の目でこの石碑を拝んではならないのである。
そういえば、わたしもいつからかすっかりめがねにお世話の生活となった。
いつも指紋つけてゴメン。
今日はひさしぶりにマイめがねを超音波洗浄器に連れてってあげようと思う。
(澤田)
澤田です。気付けばスタッフブログも今回で101回目のエントリーとなり、月日が流れることの早さを実感する今日この頃です。
さて、今回のテーマはそんなこととはまったく関係のないことなのですが、皆さんは日ごろ携帯電話を使って写真を撮ったりするでしょうか?わたしは基本的に写真を撮ったり撮られたりということに興味がないので、あまりこの機能を活用する機会はありません。メールもあまりしないので、携帯電話ではなく電話の子機を携帯したほうがよいのかもしれません。ただ、そんなわたしでも、たまにグッとくる瞬間や光景に出くわすと、思わずピロロンと写真を撮ってしまいます。そしてたまに思い出してはしげしげと見ているのですが、なんだかそれも悪趣味な感じに思えてきたので、今日はその中から特に他人に影響を及ぼさないであろうと思われる、つまりどーだっていい写真を数点掲載したいと思います。

味噌カツと勘違いして注文した名古屋のソースカツ。

廃墟化しててたまご拾えなかった、たまご拾い牧場。

情緒を感じさせる細道。

遭難を感じさせるジャリ道。

首のびました。

首もっとのびました。

ヒト ト シテ …
はい、ということで、わたしの心にグッときた写真一覧でした。
明日からもっと仕事頑張ろうと思いますので
今後とも何卒よろしくお願いします。

ごめんなさい。もう勘弁してください。
ご無沙汰しております。
コンテクスト 前田です。
普段、仕事やら私的な作品作り等で人生のほとんどを費やしていると
言ってもまんざら過言ではない私がなぜか?とあるアーティストのMVの企画を
練っている最中にテレビの番組に目を奪われました。
資料用のDVDを見ようとしてつけたのか? 何なのか? 分かりませんが、
ついていたテレビから聞こえる「3文字のラブレター」というナレーションに
惹きつけられました。
内容は、研究で南極滞在中の夫に送った日本の妻からの3文字の手紙「あなた」だったそうです。
それは、その当時の状況で唯一の手段であったモールス信号で送られてきたそうです。
受信者は、当然 その後に「早く帰って」「元気で」「愛してる」などのいずれか?もしくは
複数の言葉が送られてくると思っていたのですが、実際は何も送られてこなかったそうです。
「あなた」 当時の受信者は、振り返って これはもっとも短いラブレターであったのではないか? この言葉は、後に続く多くの思いを想像させる。と語っていました。
さて
このメッセージを送った女性は、何を思い、何を考えて送ったのでしょうか?
研究での南極滞在は、短くても半年、、長ければ数年にもおよぶ間
彼女は一人冷たい布団の中でうっすらと涙をうかべていたのかもしれません。
彼女の送った「あなた」という3文字には何がこめられていたのでしょうか?
私たちは、多くの物事を自らの都合の良いように受け取り、解釈する傾向があります。
それは、悪くないことだし、無駄にマイナスに考えて物や他人に八つ当たりや危害を
加える可能性を考えれば賞賛されるべきこととも思います。
しかし、私は分からないなりに残した人や送ってくれた人、つまり前所有者に対して
責任を持つ必要があります。
ここに私が2006年帰国後に作った作品である「東京蒼景」をのせておきます。
もし、良かったらご覧ください。
http://www.netmovie-fes.jp/2008/jpn/general/MG001032.html
(もしよろしければ、上記リンク先で投票いただければ光栄に思います。 最後は宣伝になってしまい、すいません。)
先日、久しぶりに髪を切りにいった。
ふと前に髪を切りにいった日を思い出してみると、約半年振りであることに気がついた。自分でいうのもなんだが、前髪はあごの下まで伸び、無精ひげは生え散らかし、よれよれのTシャツにサンダル履きときたものだから、どこぞのバックパッカーと間違われてもおかしくない風体であった。うちの会社は、服装や髪型に関しては全くもって自由な社風であるため、佐藤からはとくに何も言われなかったのだが、さすがにこれではどうかと思う。いますぐインドあたりに自分探しの旅へ飛んでいきそうな勢いである。
マメに髪を切りに行かない理由は、面倒くさかったり、髪を切られている間の時間が苦手だったりと幾つかある。今回はそれに、「ここまで伸びたら何か切るのがもったいなく思えてきた」というしょーもない理由がプラスαとしてあった。漫画家のつげ義春が描いた「無能の人」という作品では、主人公が世の中に偏在するもの(例:河原の石や切った髪の毛)を売って生活できないかと苦悩する様子が描かれているが、わたしの髪もどうにかすればどうにかなるのではないのかという考えが頭をもたげてきたのである。
そこでわたしはまず、わたしの髪の特性について再考することにした。わたしの髪の毛は、硬くまっすぐである。どれくらい硬いかといえば、切った髪の毛がわたしの首に突き刺さるくらい硬い。これは色んな意味で痛い。なので却下。次に、わたしは人より毛髪の量が若干多い。一度髪を切れば、一束のエクステンションぐらいにはなりそうである。ただ最近少し気になるのは、シャンプー後に抜ける毛の量も少しずつ増加しているような気がすることだ。わたしの父はわたしと似て髪の量が多い。だが亡くなったわたしの祖父は見事にはげあがっていらした。そういえばこの前帰省したとき、親戚のおばさんから「体型がおじいさんに似ている」と言われた。隔世遺伝という言葉が気になる昨今である。
そしてわたしに髪を切りにいかせた決定打となったのが、母の何気ない一言だった。
「あ、ふかわだ。」
わたしは決してふかわりょうが嫌いではない。むしろ面白いと思う。
ただわたしの人生において彼の立ち位置を目指すのは、あまりにも酷だ。
(澤田)